夢追人

第24回 西田 健太郎さん (会計士)

更新日:2018/04/04

夢追人 Profile

Chartered Accountant (公認会計士)
西田 健太郎さん Mr Kentaro Nishida
30歳を過ぎてから大きくキャリアチェンジをし、海外移住を果たした西田さん。周囲からは「無理だ」と言われることも信念を持って前に突き進み、新しいキャリアと充実の生活環境を手に入れました。日本からパースに来るきっかけ、留学、就職、そして現在に至るまでの約15年間に渡る、西田さんの軌跡をお伺いしました!

会計士としてのキャリアチェンジ

日本で物流会社に就職し、東京、神戸、マレーシアなどで勤務、最後の3年間で海外事業部に配属された。それまでは物流の現場勤務だったが、海外事業を見るために数字を理解する必要があり、会計の勉強を始める。勉強をすればするほど、会計の面白さに気づき、どうせならUSCPA(米国公認会計士)を取ろう、とさらに勉強に勤しんだ。無事に合格を果たしたことを機に、キャリアチェンジを考えるように。
その時すでに30歳を過ぎていて、周りからは「無謀だ」という声も少なくなかった。でも挑戦せずに諦めたら絶対に後悔する、後悔だけはしたくない、という思いが強かった。

会計士を目指し、パースへ

そんな時、友人が住んでいるパースを旅行で訪れる機会があった。都市機能と自然のバランスが取れ、海がきれいなパースは、同時に資源が豊富で、今後日系企業の進出が見込めると感じ、パースでの就職を目指して行動を開始した。
海外で生活をするにはビザがないと始まらない、そしてUSCPAは取ったものの、オーストラリアの会計の知識もつける必要があるため、パースでの大学進学を決意。旅行から約3ヶ月後にはフリーマントルにあるノートルダム大学で勉強をスタートした。

少人数制でローカル色が強いノートルダム大学は自分のスタイルに合っていて、教授との距離も近く、勉強の環境としては最適だった。日本の「教わる」受け身感覚の授業と異なり、自分の意見を求められるディスカッション形式の授業には苦戦したが、海外で生き抜く力が鍛えられた2年間だった。

↑2005年、ノートルダム大学を無事に卒業

パースでの厳しい就職活動を経て、デロイト•トウシュ•トーマツ会計事務所へ入社

大学卒業後永住権を取得し、いよいよ会計士として働くために就職活動をスタートするも、正直箸にも棒にもかからなかった。当時100社以上に応募して面接に進めたのは5社ほど、新卒就職の厳しさを目の当たりにした。それでも諦めず、知人からの紹介もあり、就職活動開始から約半年後に世界4大会計事務所の一つ、Deloitte (デロイト•トウシュ•トーマツ会計事務所) への就職を叶えた。

会計士の魅力と、今後について

↑スタッフもクライアントも多国籍でグローバルな環境

会計の仕事は、ただの数字や計算という側面ではなく、数字を通してその企業の姿が見え、ビジネスそのもののお手伝いができることが大きな魅力。与えられたことをこなすだけではなく、その会社のことを分かろうとすることが何よりも大事だと思っている。日本人として、日系企業のオーストラリア進出の橋渡し役ができることは、会計士としての大きなやりがいだ。決してストレスも少なくない実力主義の労働環境だが、オンとオフがはっきりとしていて、ライフワークバランスが取れたパースでの生活は、日本ではなかなか叶えられない理想のライフスタイルだと実感している。
今後は、パースに加えてメルボルンなど他の地域でのオーストラリア進出を目指す日系企業を多くサポートしていきたいと語る西田さん。

西田さんはこれからも夢を追い続けます。

週末は家族の時間を大切にしていて、息子さんとサーフィンをする日を楽しみにしているそう↑

Private Time

サーフィンが何よりのストレス解消!

大のサーフィン好きで、世界的に有名なサーフポイントであるマーガレットリバーにも日帰りで行ってしまうほど。自然の力で作られた波は良い時も悪い時もあり、でも良い波を追いかけて取れた瞬間はその数秒間がもっともっと長い時間のような感動を味わえる。大好きなサーフィンに集中することで、仕事へのストレスがリセットされ、集中力も増すそう。
将来リタイア後にはバリとパースを行き来しながらサーフィンライフを満喫したい!と笑顔で教えてくれました。

西田さん、これからも応援しています!

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